2013年9月21日土曜日

除染

 郡山市内での除染があちこちでおこなわれている。しかし、やっても「またすぐ数値はもどりますよ」と答えてくれたのは作業している人。今はお金になるので各地から土木、建築関係の人達が福島県内に入ってきている。確かにトラックのナンバープレートを見ると「茨城」「群馬」「新潟」など、県外ナンバーが多い。「ちょっとした講習うけて道具をそろえればいいですから」と作業員。
 私が関わらせてもらっている幼稚園の様子を少しだけ紹介する。
 
除染の状況を眺める幼稚園関係者

園庭の木もすべて切り倒された

はぎ取られた土は土嚢袋に入れられ地中に埋められる。前回埋めた土は重機の下あたりに2年間埋められたまま。行き場はまだ決まっていない。

作業の様子を眺める子どもたち。入園して園庭で遊んだことはない。2年ちょっとの間、ずっと室内保育を続けている先生たちに頭が下がる。

コンクリートの筒にいれらたまま行き場のない汚染物質。自宅前や庭などのあちこちにこの光景が見られる。

現地は・・・

 最近いろいろと震災の事が忘れられているようなので、現地の写真を載せてみる。オリンピックの話出せば怒りでパソコンを折りたくなるのでやめとく。
が、被災地が取り残されたまま、世界大運動会に資金と人が投入されていくのはあまりにも悔しい。

 
原発から約10キロ地点の富岡駅。津波の被害があるが放射線の影響があり、当時のまま手がつけられない。
富岡町にある東京電力支店。誰もいない。





全村避難している飯舘村、美しい村にもえらばれている。今、田畑は荒れていて猿をたくさん見かけた

南相馬市の小高駅駐輪場。通勤、通学、当時の当たり前の日常がそのまま残されている。原発から約15キロ地点

ひとやすみ




すごろくでいうと今は一回やすみの期間。

その間にこれまでのことを少しずつ書いていこう。

体の中身 2  (おそすぎー)

前回、内部被爆検査をおこなったところまでお知らせしていた
いよいよ結果が出た。
というか、出ていた。ただこれ(げんまいブログ)に
載せてなかった。
 載せるとまずいというか、波紋がひろがるというか、
騒ぎがおこるというか・・・・・




結果は
説明を追加
 何の異常もなく健康だそうだ。
 おそくなってすみません。









 

2013年4月27日土曜日

2013/4/27 体の中身

東北で活動中、詳しくは・・・・http://www.nskk.org/walk/
         (これの仙台というところクリックすれば日頃の様子がわかります)

 さて、さいきん福島エリア特に郡山にいることが多く、まわりから「大丈夫か?」などいろんな不安の声を聞く。今年の元旦に冬山で体に異常がでたこともあってその「大丈夫なのか?」の声がどんどん膨らんでいる。

 山から下りてきてまず行ったのが鍼灸の知り合いの所。病院に行ってまたされて「よくわかりません」と言われても嫌なので、体がどんな状態なのか調べてもらうことにした。
 
 http://iyashinomichikyokai.com/list.html の敬風堂鍼灸院というところへ。

ここの鍼灸師は東北に支援に来ていてであった同じ歳の鍼灸師。みてもらうなら彼だ!とずっと思っていた。
 静かな部屋で雑談や山で起こった自分の体について話ながら鍼がさされていく。全然いたくない。彼の治療法は一本の鍼で必要なところだけにさしていく。ハリネズミのようにはならない。首と背中の痛みは小学校の時に交通事故にあった後遺症がこれからでてくる からだという。最後に三カ所だけ深めに刺すよと刺されたら、その筋肉がずっともみほぐされるような感覚になった。またやってもらいたい。
 
 まわりの「不安の声」が高まるので一応病院へ。案の定、肺と心臓に何の異常もなかった。

 つい先日、新聞に「18歳以上も内部被爆検査と甲状腺検査無料」と記事があり、混んでいるだろうなと思ったが試しに電話をかけると「どうぞきてください」とすぐ返事があった。福島県の子どもたちですらまだ終わってないのに県外から来ている俺がいいのか?と思い「県外のものですよ」と言ったけど「どうぞ」と簡単に予約が済んでしまった。
 
 郡山からいわきに行く途中にある平田村の「ひらた中央病院」へ。受付の部屋にはいると看護師さんが一人、他はだれもいなかった。説明を受け同意書をよく読んでアンケートにこたえる。「当時どこにいたか?」「食べ物、水には気をつかっているか?」など、日常の生活についての事だった。
 服を着替えて身体表面汚染測定を受ける。ガイガーカウンターで指先から足下まではかられる。少しメーターをのぞき見ると針が動いているようにもみえたが、何も言われなかったってことはたいしたことはないということか。次はいよいよ内部被爆の検査、機械の中に2分間じっとはいって終了。あっという間に終わった。
 検査結果は一週間ぐらいして届く。「ついでに甲状腺検査もしてみては?」と看護師さんに言われたので予約をして帰ってきた。
 
入り口の案内


最初から最後まで一人しかいなかったが、以前は一日180名くらい来ていたという。今も土曜日は忙しいらしい


同意書やアンケート


検査が終わって「写真撮っていいですか?」と聞くと「どうぞどうぞ」と気持ちよく撮らせてくれた

      
 検査結果がでれば、また報告したい。

 体も検査もそうだが、この前東京に行った時に新しい登山靴をつくろうと老舗の靴屋にはいって足を丁寧にみてもらうと、自分の足の特徴がわかって面白かった。店員さんが「武道かなんかやられてますね?」というので「いや、いつも裸足なんですよ」と答えると「なるほど、なかなか力強い足をしてますよ」と褒めてくれた。勝手に思い込んでいる裸足健康法もあながち間違えではないようだ。  



2012年11月6日火曜日

10月13日 本当のことは?

 東北で活動中
  詳しくは・・・ http://walknskk.blog.fc2.com/


 郡山のある小学校の運動場へ行くと、モニタリングのための線量計があった。ちょうどその近くで小型線量計(それでも本格的なやつ)で計測している人たちがいた。大きな線量計のまわりになにやら水をまいていたので、「何ですか、それは?」と聞くと「いや、ちょっと・・・」とあやしい。学校関係者のふりをしてもう一回聞くと、「線量が下がるかどうか実験で薬品をまいている」とのこと。そこからゴニョゴニョといろいろ話をしてくれた。
・運動場のまわりに積んである残土や落ち葉は、かなり線量が高いということ。
・モニタリングポストの数字より自分たちが計っている数字が高く出ているということ。
・川内村にも行っているがそこはかなり高い線量だということ  などなど
 おじさんは最後に「一番いいのは引っ越しすることだね」と言って去って行った。


いろいろ教えてくれたおじさん(右)

線量が低くなるかどうか、薬品をまいたり特殊な砂(?)をまいているらしい

おじさんの持っている線量計ではこの数字よりも高い

近寄らない方がいいよ、と言っていた落ち葉や残土

運動場で野球の練習
 

2012年11月5日月曜日

10月23日 尚生

東北で活動中! 
   詳細はこちら・・・   http://walknskk.blog.fc2.com/

 ライブがあった
ちびブラス

そこで出会ったのがチューバ吹きの菱沼尚生
ただの尚生(左)で、チューバ吹きの尚生(右)

 「一緒の名前やん!」と喜びながらいうと、「いや、ナオキです」と返ってきた。

2012年10月12日金曜日

10月11日 再会

 去年も同じ時期にあった板橋文夫トリオのライブ。 ベースの瀬尾くんやドラムの一哲くんとも一年ぶりの再会、とはいっても会うのは今回で2回目(そんな気がしない)。打ち上げの話題の中心になったのは福島のことや原発のことで、お互いそれぞれのスタイルでそれらの問題に向き合っていた。
 次、再会する時は何か一緒に出来たらなあ。
 
                 

打ち上げ終了後

 

冬へ

室根の夜空
いよいよ冬になってきた。
まさか東北で2回も冬を過ごすことになるとは思ってもいなかった。
毎日いろんな事があるけど、室根の冬の夜空を眺めるとはやっぱり落ち着く 。

2012年10月11日木曜日

2012/10/7 福島の祭

福島へ行って、この夏九州に来たくれた幼稚園の先生たちと再会。
福島の今の声をたくさん聞く事が出来た。

次の日、ちょうどお祭りをやっていてたくさんの人が町にあふれていた。
出店もたくさん出ていた。

懐かしいお化け屋敷

大人も子どももたくさん集まっていた
公園の入り口にたてられていたもの。今年の五月の記録なのか、高い放射線量の数値が表示されてある(国が除染を必要と定めている線量は1時間あたり0.23マイクロシーベルト)

祭は朝からずっとやっている。みんな道路に座ってご飯を食べているのに・・・


「福島を出たい人は出ればいい。福島から出て行ける人は出て行けばいい。ここにいるしかない人はここにいるしかない」前夜に聞いた若い先生の言葉が心に残る

2012年10月4日木曜日

東北は・・・

荒浜地区の松林、津波で大部分がなくなった
過ぎてみれば暑い夏はあっという間。
東北の秋はあってないようなもの。
もうすぐ冬か 。

清里で漆喰ぬり

月一回のペースで清里に行って小屋作りの手伝いをしている。
今回は漆喰ぬり。
漆喰の建物は夏涼しく、冬暖かい。

(9月30日)

石巻ちんどん

そういえば石巻でチンドン屋をやったらこんな人に出会った
(9月24日)
 写真はhttp://rock1117.exblog.jp/から
この日は内田裕也氏のイベント宣伝だった。(真ん中)
 

ひさしぶりのブログ

まったく更新していないブログを見ている方がいるので、申し訳ないです。
現在も東北で活動中です。詳しくはこちらをご覧ください。
http://walknskk.blog.fc2.com/

ぼちぼちと更新していきます。
昨日から郡山で教会の会館を大工さんと建築中です。

とは言っても小さな手伝いしかできません

どんな会館になるか楽しみです

2012年4月4日水曜日

雄勝の仮設で出張食堂

集まって来た皆さんのまえで演奏
2012/3/31~4/1

いつも神戸で一緒に活動している仲間が
東京から石巻市の雄勝の仮設にやってきた。
 雄勝は町全体が被害を受けたところで訪問した仮設は
元キャンプ場に建てられたところ(一日目)と
半島の端っこに建てられたところだった(二日目)。
 東京から約15名ほどがきて現地で20種類の料理を作り、
マッサージあり、薬学生による相談会もあり、
お酒もでてちょっとしたお祭りのような雰囲気になった。
 ちんどん隊も仮設をねり歩いたが、皆さんはこの日を
楽しみにしていたらしく、早々と会場に集まってきたので
「懐メロメドレー」から「炭坑節」まで
一緒に歌って踊ってちょっと早い春のお祭りのようだった。
炊き出しではなく、20種類もの食事がバイキング形式で並ぶ

2012年3月8日木曜日

福島で相撲教室

去年まで力士をしていた友人を連れて福島県下にある4つの幼稚園にまわらせてもらった。

まだまだ福島県下の幼稚園では放射線量が高く外遊びが制限されていて思うように過ごせていない。事故後もうすぐ一年になるが、あの時から子どもが自由に外で遊べないというのは異常な事だと思う。そういう意味で収束という言葉を堂々と出せる人も異常だと思う。

 思いっきり室内で体を動かせる事は何だろうか?と考え、
去年まで相撲界にいた友人がいたので声をかけると「僕でも役に立つのなら」ということで今回の相撲プログラムに発展した。
 子どもたちにとってはまわし姿の人を見るのは珍しいし、一緒に稽古をするのも初めてだったけど、いざやり始めてみると面白く、笑いが止まらない時間になった。
 
四股をふむというのは、もともと邪気を払う意味をもっているので子どもたちと「よいしょ!よいしょ!」と何度も四股をふんで少しでも悪いモノが消えてくれればいいなあと思った。

郡山の空間線量は相変わらず高めだが、土や砂があるところはびっくりするような数値が出る

東松島のお祭り

東松島市のお祭りに参加
ここの地区の皆さんが日頃やっている、花や細工、陶芸などが展示してあり
ホールでは吹奏楽団や社交ダンスなどが披露され、言ってみれば地区の文化祭だ。
僕たちチンドン屋もホールで演奏し、その後は外で演奏。人出はぱらぱらだったけど
最後の餅まきの時には一杯人が集まっていた。
 この祭りは毎年もっと早い時期に開催されているものらしいが、地震の影響で
ホールが使えなかったらしい。時期がずれたためにホールで出演するグループも
少なく人出も少なかったようだ。

2012年2月27日月曜日

ちんどん屋デビュー

ちょっとしたことから繋がって、
石巻にあるライブハウスのマスター達と3人で
2月26日に南三陸町志津川にオープンした
「南三陸さんさん商店街」でチンドン屋で登場した。
あいにくの天気だったが、演奏しながら歩くとおばちゃん達が踊ってくれたり、あちこちで「ありがとう」と言われたのでこっちも盛り上がって演奏できた。
来週は東松島で演奏です。


チンドン屋として生きていく道もあるな 。

2012年1月31日火曜日

残された船

2012/1/26
気仙沼鹿折地区

道端に残された船は
 第十八共徳丸  330トン。

気仙沼市はこれをモニュメントとして残すらしい。

2012年1月23日月曜日

棟梁

2012/1/16
  神戸の本町公園が避難所になっていた時に、大工仕事は「棟梁」と呼ばれるIさんの元に行っていた。小柄だったが的確なアドバイスと巧みな技をもっていたのでみんなが尊敬していた。
 昔話を聞くのも、大学生だった僕には
面白くてたまらなかった。
 
 棟梁は避難所から復興支援住宅に移り一人暮らしをしていた。
 僕が最後に会ったのは、暑い夏の日に1.17の集いに来た時で、 市役所から三宮駅に送って行ったのを覚えている。

 「しんどいなあ、しんどいなあ」と途中の喫茶店に入って冷たいアイスコーヒーを飲んだ。


 その何年後だったかはわからないけど、棟梁は支援住宅の浴槽の中で亡くなってしまった。

 本町公園に棟梁の仮設が建っていた場所にはちょうど石があるので、僕たちにとって何となくそこが棟梁の「墓」のようになっている。


 「今年もまたきたよ」